2009年02月25日

1ドル70円台の日本経済:三橋貴明の近未来小説(2

かねてから愛読しているブログ「Funny Restaurant  犬とレストランとイタリア料理」に、感銘を受ける記事がありましたのでそのまま転載します。短編小説の舞台は、今年の7月とある中年の商社営業マンの家庭で、息子との何気ない会話から始まります。(かなり長いので、3編に分けて投稿します。)今年の日本経済の動きについて、気に成る方は是非呼んでみて下さい。⇒()(2)(

2)内需は絶望的という大嘘

「しかしだな……」

山本はもはや必死に頭を振り絞り、息子への反論の糸口を探したものだ。

「実際、マスコミや経済評論家は、日本の内需は絶望的だ。だから日本は輸出で成長していくしかない、と毎日のように繰り返しているじゃないか。内需が成長 しないなら、やっぱり輸出で食っていくしかないわけだ。実質実効為替レートの件はともかく、いずれにせよ円高は輸出企業にとっては望ましいことではない。 なにしろ日本の内需はまったくダメなわけだから、頼みの輸出を順調に成長させるためにも、円安のほうが良いに決まっている」

「マスコミや評論家って、それって『〇経新聞』のこと?」

息子は笑いをこらえるふうに、肩を震わせている。何がそんなにおかしいのだ。父親に対してこんな態度をとるなんて、最近の若者ときたら……。いや、自分が和仁の年齢のころも似たようなものだった気もする。どうだっただろうか? 山本は不意に、自分の年齢を強烈に意識した。

「まあそのマスコミが何新聞でもいいけど、いまの話って、因果関係が逆だよ」

「因果関係?」

「そう。だって、内需がダメだから輸出で成長していく、つまり円安のほうが望ましいというけど、内需の成長が抑え込まれているのは、そもそも円安だったか らだよ。円が安くなっているときは、日本人の購買力がどんどん削られていっているわけだよね。輸入価格が上昇するわけだから。日本人の購買力が小さくなれ ば、国内を主な市場としている中小企業だって、それはやっぱり経営的に厳しくなるでしょう。外国への輸出で稼いでいる大企業はともかく、円安になれば中小 企業の収益力が落ちて、内需の成長率が低下して当然だよ。

内需を成長させたいなら、方法は単純だと思うけど。円高にすればいいんだ」

「円高にすればいいって……簡単にいうな。そもそも日本の内需、とくに個人消費は規模が大きくないのだから、円高で個人の購買力を強くしても、高が知れているだろう」

息子は何か言いかけたが、すぐに口を閉じた。ようやく言いくるめることができたわけだ。山本が取り戻した父親の威厳に、ホッと息をついたところ、

「父さん、それは本気でいっているの? 日本の個人消費の規模が小さいって……」

再び、何となく嫌な予感が込み上げてきたため、山本は押し黙った。父親の沈黙を受けて、和仁は寂しそうな視線を送ってきた。その眼差しには明らかに哀れみの情が浮かんでおり、山本の不愉快度は急角度で上昇した。

「本気だとも。経済新聞だけではない。テレビでも経済評論家がいつもいっているじゃないか。日本の個人消費は絶望的だ。だから、これから伸びることが明らかな新興経済諸国、たとえば中国などの市場に注力しなければならないんだってな」

「個人消費は日本のGDPの56%を占めるよ。日本のGDPは、半分以上が個人消費なんだ。それはもちろん、個人消費が7割近いアメリカには負けるけど、 個人消費がGDPの3割程度しかない中国なんかとは、比較にならないほど大きいんだよ。しかも中国の個人消費はGDPに占める割合が年々減りつづけている けど、日本のほうは逆に増えているよ。昨年にしても、あれだけ不景気だ、不況だってマスコミが悲観論をばらまいたのに、日本の個人消費はそれなりに成長し ていたんだよ。もちろん円が高くなって日本人の購買力が高まったのが原因だと思うけど」

「……」

「だいたい、父さん。マスコミや評論家が何かいうときに、数字を使って説明するのを聞いたことがないでしょう。数字を出すと嘘がばれちゃうから、みんな 『日本は外需依存国』とか『日本の内需は絶望的』みたいな、印象論だけを何度も繰り返してミスリードしているんだよ。なにしろ、世界に外需がゼロの国はな いから『日本は外需依存国』だってけっして嘘ではないし、円安のせいで日本の内需の成長率が輸出に負けていたのは確かだから、『日本の内需は絶望的』も嘘 とは断言できないからね。かなり、ぎりぎりだと思うけど」

「……」

「ついでにいうと、超が付く外需依存国である中国の純輸出(輸出-輸入)、つまり外需ね。外需がGDPに占める割合は10%近いんだよ。純輸出がGDPの1割近いって、ここまで外需に頼りきっている国はほかにはないんじゃないかな。逆に日本の外需、つまり純輸出がGDPに占める割合は、2%未満だよ。つまり日本のGDPは、じつは98%以上が内需なんだよ」

「しかし、日本は少子化で人口が減っているんだ。人口が減っているのだから、内需がこれから伸びるわけがないだろう」

「人口が減っているって……」

和仁は呆れたふうに、1つ大きく溜め息をついた。

「たとえば、昨年は日本の人口が5万人ぐらい減ったみたいだけど、それって日本の人口の0.04%にも満たない人数だよ。誤差レベルにも達しない人口が減って、内需がそんなに影響を受けるはずがないでしょう。

日本のGDPの半分以上が個人消費だから、日本に住む人が1年間に2%だけ消費を増やせば、それだけでGDPが1%増えるんだよ。どう考えても、人口よりも個人の消費の影響のほうが大きいでしょう」






政府の「債務」は民間の「債権」

「凄いな……」

さすがに敗北を認めざるをえず、山本は思わず口に出して呟いた。

「いったい、どこでそれだけの知識を身に付けたんだ。学校か。よくもまあ、それだけ具体的な数字がポンポン出てくるもんだ」

父親の賞賛の言葉に、和仁はやや照れくさそうな笑顔を見せた。

「大学で勉強したのもあるけど、やっぱりネットかな」

「ネット? まさか、インターネットのことか?」

思わず顔をしかめた山本に、またもや息子は寂しげな視線を送る。だから、その哀れみに満ちた顔はやめてくれ、と、山本は心の奥底で叫んだ。

「父さん。まさか、いまどき『インターネットは便所の落書き』なんて時代錯誤なこと言い出したりしないよね。ネットの世界では、不特定多数の見知らぬ人を 相手にするわけだから、きちんとした情報ソースに基づいて話をしないと、まったく相手にされないよ。だいたい父さんだって、会社でインターネットは活用し ているでしょう」

「……」

「ちなみにGDPや輸出依存度なんかのデータは、日本政府のホームページに掲載されているよ。たしかGDPが内閣府で、日本の輸出入が財務省。それに実効 為替レートが日本銀行のホームページだったかな。データを載せてくれるのはいいけど統計によってバラバラの場所に置かれているのは何とかしてほしいよね」

(政府のホームページからデータをもってきているのか!)

山本はかなり驚愕し、思わず言葉に詰まった。何というか、時代も変わったものである。これまで自分は、統計情報を調査するときに政府の一次ソースをきちんと確認したことがあっただろうか。ちょっと記憶にない。

「しかし日本が外需依存国ではないことも、円高が内需拡大に有効なことも分かったが、それならば政府は内需拡大に的を絞った景気対策を打てばいいんじゃないのか? これほどまでに簡単な話なのに、なぜやらないんだ?」

「やっているじゃん。昨年の12月に40兆円規模の景気対策を打つって発表して、きちんと予算を通したから、すでにいろいろな対策が始まっているはずだよ。マスコミがあまり報道しないので、状況がよく分からないけど」

「40兆円!」

山本は息子の話の内容よりも、金額のほうに衝撃を受けた。

「財政破綻寸前の日本が、40兆円もの景気対策を打つのか! そんなことしたら、瞬く間に財政が崩壊するぞ!」

「あははははははっ!」

いきなり息子が腹を抱えて笑いだしたので、山本は危うく反射的に怒鳴り散らすところだった。何がそれほどおかしいのか、さっぱり分からない。というか、父親の威厳はどこに消え失せてしまったのだろうか。自分が何か、とても大切なものを失った気分だ。

「ざ、財政破綻って、日本政府が? よ、よくもまあ、それだけ滅茶苦茶な話を信じられるね。あははははっ」

「いったい何がそんなにおかしいんだ」

「だ、だって、父さん、マスコミに毒され過ぎだってば……。ああ、面白かった……はあ……」

ようやく息を継ぎ、息子は涙目の笑顔を見せたものだ。

「あのね、父さん。日本が財政破綻するとか、あれ、嘘だから」

「嘘……?」

「そりゃ、嘘でしょう。日本政府の債務はたしかに巨額だけど、95%以上が国内向けの国債、分かりやすくいうと日本国内の民間からの借り入れなんだよ。つ まり円建ての債務ということになるよね。円という通貨を発行できる政府が、円建て債務のせいで財政破綻するわけがないでしょう」

「しかし、夕張市は財政破綻したぞ。ほかにも危ないといわれている自治体はいっぱいある」

「当たり前だよ。夕張市は紙幣発行権があるわけじゃないんだから。夕張市が日本円を刷ったら、普通に犯罪でしょう」

いわれてみると、たしかにそうだ。夕張市と日本政府を一緒にすることには無理がある。

「財務省が掲載している日本政府のバランスシートを見ると一発で分かるけど、日本政府の債務、つまり負債は840兆円もあるけど、同時に資産もでかいんだ よ。なにしろ政府の金融資産だけで550兆円近くもあるんだから。これだけ巨額の資産をもっている政府は、世界中にどこにもないよ。債務額から金融資産を 差し引いた純債務額で見れば、日本の政府の債務はGDPよりも少なくなり、普通の先進国並みになるよ」

山本は言葉を失った。そういえば、借金の額にばかり目が行って、政府は資産ももっているということに考えが及んだことは1度もなかった。





「それにそもそも日本政府がどうしてここまで債務を膨らませることができるかといえば、貸してくれる人がいるからだよね。当たり前だけど貸し手がいなければ借り手は借りることができない」

それはそうだ。山本は心中で同意した。

「日本政府の債務のほとんどは、さっきいったとおり日本の民間から借りているんだよ。ということは、政府の債務はそのまま日本の民間の『債権』ということになる」

「マスコミは『国民1人当たりの借金』といって危機感を煽っているじゃないか」

「あれもひどいミスリード、というかインチキ・レトリックだよね。正しい言い方に改めるならば、『国民1人当たりの政府に対する債権』になるよ。だって、借りているのは政府であって、国民じゃないからね。国民はどちらかといえば、貸しているほうでしょう」

「……」

「だいたい国債を買っている人たちは、資産運用として国債を保有しているわけだから、償還するといわれても逆に困ると思うよ。国債が償還されても、みんな 結局また国債を買う羽目になるに決まってる。日本国債以上の安全資産は、この世に存在しないから。だから、日本政府は国債の償還期日が来たら、同額の国債 を発行して永遠にロールオーバー(借り換え)していけばいいだけ。日本国内に国債の買い手がいるかぎり、日本政府の債務規模は問題になるわけがない。しか も日本の家計の金融資産が1400兆円を超えている状況だから、日本政府が国債の買い手に困るなんて、ちょっと考えられないと思うよ」

⇒ 3)に続く



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Posted by murekaze at 11:20 │コラム
この記事へのコメント
この話のせいで、勘違いしている人多いんだなぁ…この作者は結構罪だと思います。この息子の話の半分ぐらいはこの息子が言う“インチキ・レトリック”そのものだから。話をごく単純にすると、自動車を一台輸出するとして

100万円の部品(中間財)を輸入し、国内で最終製品にして(内需100万円)200万円で輸出している韓国とかと、50万円の原材料を輸入し、300万円で輸出している日本(内需250万円)を、一緒くたにしてしまってるんだもんなあ。
Posted by 通りがかり at 2009年05月25日 19:13

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